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2006年8月27日 (日)

時をかけた少女

すごく恥ずかしい少女マンガを描いたので、男性諸氏は見なくていいです。(と言っても見るんだろうけど・・)「kazuko.ppt」をダウンロード

個人的には芳山和子が独身のまま仕事してても、ぜっんぜん構わないんですが、深町一夫=ケン・ソゴルの記憶が失われていないというところが可哀想で描いてしまいました。

Kazuko1_4 1

Kazuko2_4 2

Kazuko3_6  3

Kazuko4_3 4

ラベンダーのブーケを持った和子が描きたかっただけです。真琴のお父さんは資料が全くなかったので、日本人によくあるお父さんの顔にしときました。

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2006年8月26日 (土)

カラオケ「時かけルーム」

”とーきーをー、かーけるしょうじょー、あーいはかがーやくふーね~”

というわけで8月25日までの遅ればせながら、カラオケパセラの「時かけルーム」に行って歌ってまいりました。

一緒に行ってくださったTさん、ありがと~~!!持つべきものは同年代の女友達ですね。

Karaoke1 部屋の中です。原画のコピーや黒板、学級文庫などがあります。

Karaoke2 やっぱりこれでしょう。

年月人を待たず。

Karaoke 部屋の入り口。倉野瀬高校の校章なんでしょうか?これ。

Karaoke4 これが金時をかけるハニトー。実物です。

はっきり言ってすごいボリューム。食パン一斤丸ごとにアイスと金時と蜂蜜がかかっている。現役高校生でないとこんなもの食べ切れません。

歌った曲は、原田知世の「時をかける少女」を初めに、若かりし頃のユーミンの卒業写真やダンデライオンなど歌ったり、アニソン新旧いろいろ。奥華子さんの「ガーネット」も店員さんに新譜を教えてもらって歌いました。

あと、”テプコひかりに変えったのはっ~”というもの奥華子さんなんですね。7番くらいまでありました。歌っときました。夏の暑気払いに最高です。楽しかったですー。

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真琴の少年分岐点

真琴が「恋に落ちたところがわかる」とか書いたら、どこかわからないという男性の意見があるので、その辺について丁寧に書いてみます。

恋に落ちた瞬間は確かにわからないことの方が多いんですが、この映画の場合、真琴が恋を自覚した点は明確ですね。お風呂に浸かってのシーンで「あいつ私のこと好きだって言ったくせに」のところです。よーく思い出してみてください。2度とも千昭は「功介に彼女ができたら、俺と付き合わない?」と言っているのであって、好きだとは一言も言ってない。そう、「好き」なのは真琴の気持ちなのです。

しかし、あれだけ逃げまくったらそりゃあ千昭でなくっても、嫌われたと思いますよー。あの関係だと千昭から見たら真琴はやっぱり功介が好きなんだなーっと思うもの。あそこは少女漫画そのものだと思うんだけどな。”恋に気づいた時にはもうその恋はそこになかった”とか”恋と気づく前に女の子らしい友達に持っていかれてた”とか普通によくある少女漫画の展開です。

キャラクター造形についてですが・・。

真琴のキャラクターは少年っぽいです。というか子どもです。友梨ちゃんが千昭を好きになっていく過程の方がちゃんと女の子。真琴は少女逸脱キャラ寸前です。この子どもの正義感のままもっと進んでしまうと、オスカルさまやウテナになってしまいそうなくらい。女子高だったら女の子たちに人気かもね。すばらしく頼りになるし。

真琴が少年少女分岐点を迎えるのは、高瀬くんに消火器をぶつけられるシーン。このシーンはなんだかんだいっても必須ですね。真琴に飛んでくる消火器を千昭が身をもってかばいます。ところが、真琴は時間を戻して千昭を突き飛ばし守ろうとする。結果、消火器が床に跳ね返って怪我をしたのは友梨。ここです。守られるべき存在が守る存在へ移行されたら、より弱い存在を守るしかないもの。真琴の失恋はまさにここ。さらに保健室で友梨が傷が残ったらどうしようと泣く(深いのは心の傷で身体の傷ではない)のに「私がなんとかする」とか言っちゃって完全に王子様キャラになってます。これは女としてダメダメです。真琴は友梨ちゃんの王子様にはなれないし、いくら強くてもタイムリープできても千昭と友梨の両方をいっぺんに守ることはできないのですから。

千昭が男である以上友梨ちゃんと付き合うようになったのは当然でしょう。友梨ちゃんはもうすでに女の子なので、(たぶん絶対興味ない)ナイターに付き合ったり千昭の趣味を調べたりしているでしょう。真琴はここで完全に宙に浮きます。少年でも少女でもないキャラクターになってしまっている。

恋愛というのはむずかしいです。性的越境をどこかでやらないと異性の気持ちがわからないし大人になるのも難しい。けど、男っぽい女の子も女っぽい男の子も着地点を間違えると悲惨だしブザマです。細田監督は魔女っ子ものを何本も苦しみながら演出したとのことで、そのへんをよく勉強されたんでしょうね。あと貞本義行氏のキャラクターデザインもエヴァンゲリオンより数段上手いです。シンジくんは少年から越境しても嫌いな父親とは違う大人の男への新しい道が最後まで模索しきれてなかった。

真琴が少女へ分岐していく過程には、魔女叔母さんの存在が大きい。いつも的確にアドバイスをくれるのね。「真琴、貴女は私とは違うタイプでしょ。約束に遅れた人がいたら走って迎えに行くのが貴女でしょ。」この瞬間、全く違う新しい『時をかける少女』が誕生したんだなーっと思います。

こんな恋愛相談ができる叔母さん、私も欲しかったな~。逆にこの年になるとこういうアドバイスをしてくる和子叔母さんもなにか重大な人生の一大決心をしようとしているところなのではないかなという気がするんですけどね。

最後には参りました。恋心に気づいて好きになって相手が遠くに行ってしまって失恋して最初の恋が終わる。普通はそれで終わりでしょう。なのに最後の夜空への大タイムリープ後、”その恋はまだ始まってもいなかった・・・”へ戻られるとは。ヤられました。こういう結末は少女漫画ではまずありえないです。

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2006年8月24日 (木)

芳山和子幻想

最近思うのですが、どんなに今度の細田監督の「時をかける少女」がいいよぉーーー!と言ったところで、やっぱり皆、一度はゲド戦記を見にいくんだろーな・・っと。まあ、それでもいいです。私もそうだったもの。なかなか素直に行けないですよ。でも、強力に言っておきます。現在30代半ばから40代半ばの特に女性の皆さん、行くといいです!できれば夏のうちに・・。Kazuko3_2

ラベンダーのポプリと魔女叔母さんこと芳山和子さんの少女時代。

こんなんだったよね?なんか中学生って感じなんですが。。

Kazuko2_1 京成線で上野へ通う和子の美大生時代。絵コンテ風に描いてみました。

大和田から来た4両編成電車で動物園博物館駅で降りていたんだよ、きっと。

Kazuko1_1 絵を描いている学生時代の和子。

いや~、修復の研究室は私の研究室の隣だったのですよ~。

個人的にすごく今回の時かけは嬉しい。細田監督は金沢美大の出身らしいけど四芸祭の時に上野に来ていたのかなあ。

タイムリープ空間にエッシャーとキリコみたいな外国作家でなくて、宮島達雄のデジタル表現を採用していたり、東京国立博物館の去年の展覧会も日本の絵画展なところとか、ほんとに日本の良いところを前向きに描いてくれて良い。

真琴の家とかもちょっと古いけどああいう家屋は日本の家だよねえ。

さて、原田知世版「時かけ」はともかく「タイムトラベラー」を知らないお若い方々に「続タイムトラベラー」の貴重映像を!!絶版になっている「タイムトラベラー」石山透 大和書房より。Kenkazuko ケン・ソゴル(木下清)と芳山和子(島田淳子)です。著作権問題あるかもしれないけど絶版だからしかたないよなー。(問題あるようでしたら削除します)

いいでしょ?ちょっと大人っぽくて。セーラー服で。

原田知世さんももちろん可愛くていいんだけど。

私には細田版「時かけ」の和子さんはこの延長上にある感じです。

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2006年8月23日 (水)

ゲド戦記のここに泣いた!

昨日、同僚のNさんと食事してゲド戦記の話題になったので熱弁をふるったところ、ぜひ漫画にして言われたのでしてみました。

Gedo1_3 ま、行きたい人はぜひ行ってください。この件に関して当局は一切責任はとりません(キッパリ)

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2006年8月20日 (日)

時をかける(元)少年少女

昨日”い”氏と一緒に、朝一番でテアトル新宿に「時をかける少女」見てきました。

帰りに伊勢丹でモロゾフのカスタードプリン買いました。リメイクと言ってバカにしていただけに一度ハマってしまうと深い!。私の少女時代はSF真っ盛りだったんですねえ。

那由他というSF漫画に過去見というのが出てきて、キロ(だっけ?)という少年に記憶を消されても、雨の日に思い出すというのがあったなー。とか。”芳山和子もいつか思い出すのでしょうか?”みたいな城達也のナレーションが聞こえたり(幻聴?)

タイムトラベラーは確かに1972年当時、小学校高学年~高校1年くらいの女の子に大人気でした。それで続タイムトラベラーが作られたんだよなー。芳山和子は中学3年生の設定。幼馴染、深町一夫に関する記憶が仮想記憶というところも怖かった。実は未来人ケンソゴル、なんと11歳!。なんで大人気だったかというと、これは少女漫画の王道、違う時空に暮らす引き裂かれた少年少女なんですよねー。”二人をもう一度会わせてあげてーっ!”という当時の少女たちの嘆願運動によって続タイムトラベラーが制作されたのです。

しかし、続タイムトラベラーでは思い出せない恋人に呼び出されて、身代わりの少女ジュンを元いた時代において置かれるところが怖かった。自分の写真とかもその子の顔になっていて、家族の誰も疑わないんだよー。

いろいろあったあげく、やっぱりケンと結ばれるのはダメで「明日になれば私は貴方のことを忘れてしまうんでしょう?」とかいうセリフがあって、結局1972年の高校1年生として平凡な日常へ戻る。今度は当時の少女たちも「さらにもう一度」とは言わなかった。その時少女達は結局結ばれずに終わるのなら何度会っても悲しいだけじゃん!ということを学んだのでした。その後、マリコという同じ俳優女優の普通の恋愛ドラマ(だったと思う)も作られたけど人気なかった。やっぱり、ロミオとジュリエットは永久に結ばれない運命だから少女の心の琴線を捉えるのであって、普通に結ばれちゃあねえ。

「時をかける少女」に絶対禁則規範があって、どんなに好きでも憧れても少年は少女に性的な手出ししてはいけないのですよ。少女もどんなに少年が好きでも彼と結ばれて子どもを産むということはありえない。それは過去と未来を変えてしまう最大の禁則だから。

その辺の”絶対的少年少女”あるいは”永遠の少女”が「時かけ」の普遍的テーマでいいんでしょうね。何度、リメイクされても傑作が出てくる所以かなー?

今回の「時をかける少女」の真琴は、「となりのトトロ」のサツキの思春期時代のように感じました。サツキとメイは、前思春期と幼女時代をうまく同時化表現していましたね。少女漫画の手法、姉妹あるいは双子の同時化表現で成長を描く方法。女の子が成長し何かを得ることによって失う半身をどう描くかなんですが。もちろん萩尾望都の「半神」は最高傑作のひとつ。最近では「NANA」が同じ名前で同い年の二人の少女でうまく描いています。今回の「時をかける少女」はタイムリープという使い尽くされていた(と思っていた)手法で真琴の同時化表現(恋をする前、恋を知ってしまった後)に成功しています。

少女漫画だと恋愛させるのが一番難しいキャラクターをよくデザインし演出したなあと思います。男二人と仲良しの元気者の女の子は恋愛させるのが難しいのですよー。「生徒諸君」でも片方を山に行かせて遭難死させちゃったしなー。あの涙ボロボロの演出は、女性監督では難しかったかも。反面、脚本の巧みさや真琴の親友 友梨ちゃんの「そうだと思った、行きな」は「女友達」をがっちり押さえていて少女漫画の王道!

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2006年8月18日 (金)

時をかける(日本の)少年少女

えーっと、このページは本格的にネタバレしますので、今回の「時をかける少女」まだ見ていない方は読まない方がいいです。

日本人の(アジア人のかもしれませんが)精神構造として、子どもから大人になるまでの間に恋愛を成就させるのが難しい、非常に大きな壁があります。

「気恥ずかしい」ってヤツです。

欧米と違ってカップル文化が社会的に認識されてないので、前思春期以前(幼稚園~小学生低学年)ならお手手つないでも許されますが、8歳にもなろうものなら、川岸でカップル見つけてからかうことなど必定。「となりのトトロ」のサツキとカンタの関係が日本人の子どもです。

おそらく、千昭が現れる前の真琴と功介の関係もそうだったはず。真琴は恐ろしく精神年齢が低い少女なんですが、千昭も子どもっぽい。未来人の千昭は、野球オタクの11歳?って感じです。3人の中で一番、精神年齢が高いのが医学部志望の功介。真琴の女としての成長は極めて低く色気より食い気です。プリンや鉄板焼きがおいしそうなアニメ。もちろん、千昭が気になる同級生の友梨ちゃんの方が女として上だし、下級生の果穂ちゃんにも抜かされそうな気配。そう、果穂ちゃんが功介に告白するところで最初の分岐点が発生するんですね。

このイベントが起きてしまうと「功介に彼女ができたら、俺と付き合わない?」という千昭の告白が起きてしまう。真琴がどんなに時を戻ってもやり直しても、功介に彼女ができると否応なく運命は進んでしまう。「誰も大人になるのを止めることはできない」という青春期の必定を遠慮呵責なくこの物語は教えてくれます。バックに流れているピアノ曲も良かった。

とはいえ、大人になりたくない、このままでいたい真琴の気持ちはよく理解できるし、結局真琴が千昭から逃げ回っているうちに、友梨ちゃんが千昭に大接近。この脚本はよくできていて、今度は功介が真琴に接近するのかなと思ったら、タイムリープして模擬試験で良い点を取った真琴を功介がライバル視。それを果穂ちゃんの親友二人に責められ、困った真琴はまたもや何度もタイムリープ。この狂言回し的な親友二人もすごくいいキャラクターです。

原作「時をかける少女」の和子の性格設定は古いです。さすが40年前に書かれていただけあって、私が読んだ時でさえあの言い回しは古かった。吾朗ちゃんの「芳山くんは母性愛過多だな」ってー。大林監督の原田知世版ではさすがに「芳山くんは生意気だな」になってました。

今回の「時をかける少女」は日本人同士だと”痒くなっちゃう”少年少女の恋愛をうまく描いたなあと感心しています。

大林版だと男性視点で、まあケン・ソゴルが吾朗ちゃんよりずっと大人だし、頼りになるから物語上破綻はないんですが、思い出泥棒って感じだし、憧れから恋へ移行するところが今ひとつ女性からみるとわからないんですよ。

もともと違う時空間に生きる以上、絶対的に悲恋に終わるはずの「時をかける少女」です。今回は少女の成長に力点を置いた脚本、演出が大成功です。宮崎駿氏が描こうとして描ききれなかった前思春期から思春期への移行をみごとに果たしています。

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1972年へ「タイムトラベラー」

しかし、「時をかける少女」なんでこういう傑作が再び、三たび出るんでしょう。今回は「時を走る少女」って感じですが。今回は恋に落ちた瞬間がわかる稀有な映画。男の子二人に女の子1人のドリカムとか言われているけど、私は真琴は「生徒諸君」のナッキーだと思いました。

前回、大林監督、原田知世版は男の子から見た映画でそれなりに傑作ですが、少女が恋に落ちたところがどこかはわからなかった。最後の記憶を消されたのになぜにー?薬学部へー?というところは物悲しいけどねー。松任谷由美の「時かけ」も名曲ですが、今回も歌もいいです。

そう、タイムトラベラーものに重要なのは”記憶”なんですよー。記憶を持ったまま未来へ過去へ行けないと何にもならないものねー。そりゃ、一日寝過ごしちゃっただけですってー、芳山和子叔母さぁーん。紅茶入れて飲もっとー。

というわけで、最初の「タイムトラベラー」へタイムトリップしようと思って、DVDを探したらこれがないんですよ。最終回以外残ってない。えー?だって、当時大人気で、夏休みに再放送され、好評のため「続タイムトラベラー」が半年後作られて、これは翌年の春休みに再放送されたはず。何故、覚えているかというと当時私は盲腸で入院して帰ってきたら、向いに住んでいた幼馴染の親友の女の子が転校してしまったという(小学生にとって)一大事件があり、しばらくテレビと読書にハマっていたから。

思えば前思春期から思春期へ突入しようとしていたんですね。1972年には「人造人間キカイダー」もやっていてこれも私はミツコさんが大好きだった。タイムトラベラーは、NHKの少年ドラマシリーズでしたが、少女が主人公で早々に同級生の少年が未来人であることがバレてしまい、少年は結構何度も少女に助けを求めて、その度に少女は時を飛んでいたんです。超少女明日香の原形みたいな物語だったのね。当時、少女が冒険するSFは珍しかったから夢中でした。ラベンダーの香りを嗅ぐと時を越える超能力発現ですからねえ。

続タイムトラベラーには、さまよえるインド人とか出てくるんですが、レインボーマンも1972年放映だったんですよ!あのインドの山奥で修行しちゃうレインボーマンです。当時は超常現象=インド人に全部丸投げしとけ って感じだったんですかねー。日本人大っキライの死ね死ね団の歌、夜うなされるほど怖かったです。

しかし、「人造人間キカイダー」も「愛の戦士レインボーマン」(ほんとにこういう名前だった)も、マジンガーZの裏番組で超マイナーだった「アイアンキング」さえちゃんとフィルムが残っていてDVDになっているのに、何故、タイムトラベラーは最終回以外、続タイムトラベラーは映像全部、残ってないんでしょうか。天下のNHKなのに。

ここはやっぱり未来人が持っていったと考えるのが順当?

ともあれ、今回の「時かけ」の千昭くんの動機、”この時代にしかない絵が見たかった。”激しく同意。

1972年の夏休みと1973年の春休みにタイムリープして、見てきたいです。

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この夏は「時をかける少女」

えーっと、制作ノートのページをいろはる家の日常から移したいという希望は前からあったんですが、ようやくこの夏休み実行に移すことにしました。

でもって、最初に書くことは何かって、実はこの1週間ほど「時をかける少女」にはまっています。絵コンテ集も買いました。

http://www.kadokawa.co.jp/tokikake/

いや、もちろん最初は某ジブリアニメに行って失望のあまり、評判のいい「時かけ」を見に行ったわけなんですが、最初は全然バカにしていました。

だって~、私は「タイムトラベラー」(1972年)を小学生で見ているんですよー。知世ちゃんの「時かけ」だって高校だったか大学だったか・・そーんな、オバサーンな私、リメイクされたものが前の傑作を上回ることなんてーーーっ、ありえないじゃーーんと思っていたんです。

最初、8月4日に豊橋のシンポジウムに行った時、同年代の二人の知人とホテル隣併設映画館で看板を見て、「あー、時をかける少女だー、見よっか」と言われた時も「え、アニメ?新作?」って感じで、夜だったんでやってなくて、翌日豊橋市美術博物館で海洋堂展を見て帰ってきました。

でもって翌週、テアトル新宿に行ったら立ち見で、「えー?なんでこんなに混んでんの?」状態で見ました。

これは大当たりでした。

以下、ちょびっとネタばれします。

もうすっかり「時をかける少女」のストーリーは忘れてました。でも記憶というのはすごいもので、二人の男の子のうちどっちか未来人だよなと思っていました。もちろん、そう、そうなんだけど、そうじゃなくてー、芳山和子叔母さんに泣かされたんですよ。姪の真琴ももちろんものすごくいいですけどね。子どもの頃、憧れていたお姉さんが自分と同じ年頃になって登場して、思っていた以上の素敵な女性になっていたんです。

うーん、東博(東京国立博物館)の修復士かあ。やられたなあ。

京成線を使って13年も上野へ通っていましたから、あの大和田行きの電車にも泣かされた。できれば動物園博物館駅にもタイムトラベルして欲しい。和子お姉さーん。

芳山和子さんはオバサンでなくてオネエサンです。私にとって。

あまりの懐かしさにお盆に実家に帰る時に京成線に乗り、原作「時をかける少女」を買って読みました。小学校の理科室で紫色の変な液体を作るのが流行ったなあ。記憶がどんどん過去へ蘇っていく。トカリベツを地図で探したけど見つからなかった。小学校の花壇での会話が、「クロッカス・ジルヴィウスはクロッカスの品種改良種なのか?」とか、「ラベンダーは原種じゃなきゃダメなんだぞーっ」とか。

この夏は「時をかける少女」を見ることをお勧めします。もうとっくにオバサンになっているはずの私を少女の時に戻してくれる、まったく新しい”時をかける少女” この暑い夏の日に会えてよかった。ありがとう。細田監督、制作スタッフ、ネットで推薦してくれた人たち。

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