2007年3月11日 (日)

ベルばらの接続法

ベルばら仏語版にもたくさん出てきます。接続法。

Est-il possible qu'il existe un parfum si doux qui me fasse battre le coeur.

これはあのオスカルさまの有名な

「こんなにも胸さわぎたつなつかしい香りがあろうとは」のセリフ

Que je puisse être capable d'aimer à ce point?

「こんなにも思いのたけをこめて人を恋する日がこようとは」のセリフです。

Mais, Où veux-tu que j'aille? Ma place est isi.

「どこへ?おれのいくところがほかにあると思うのか?」

これもそうか。ちょっと意訳だけど。

**であったとはー!とか、私が***できるなんて! みたいな文を言うためにあるモードです。

Il est nécessaire que je fasse les courses. 買い物しとかないとね。

Je ne crois pas qu'elle vienne ici.  彼女が来てくれるとは思えないんだけど・・・。

Je suis contente qu'tu sois venu.  あなたが来てくれたなんて嬉しいわ。(接続法過去の例 来るかどうかわからない人が来てくれた時に使う。)

文法的には

>接続法
>実際に起こりうるかどうかは別にして、今のところ話者の頭の中にしか存在しない出来事を表すのに用い
られ、原則的にqueで導かれる従属節のなかに出てきます。接続法を用いるかどうかは、主節の形で決まり
ます。

http://www4.ocn.ne.jp/~ysato/gramm5.htm から引用しました。

ということなんですが、これって感覚的につかみづらい。要するにフランス語の現在形で喋ってしまうと普遍の状況、断定を表してしまうのに対し、接続法は”まだ推量の余地あり”,”願望ではこうなんだけど”と か”こういう希望があるんですけど”みたいな文を言うのにいいのです。日本語の現在形のもつ曖昧なニュアンスを伝えやすいのでした。

すごーく大胆な意見なのですが、フランス語を教えていらっしゃる方、学習しようとしていらっしゃる方、いっそ、現在形をやった後、いきなり接続法をやってみたらどうでしょうか?

いや、フランス文学専攻でもフランス語言語専攻でもない私が言うことではないんですけれども。

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2006年9月25日 (月)

絵にする理由・・描いていきたい・・

写真で表現するのが苦手である。

院生の時には写真実習なるものがあり、白黒写真もカラースライドも暗室で焼いた経験があるのだが、私はもともと閉所(暗所)恐怖症のケがあり、暗室が苦手だった。

デジカメがでて、よくなったなあと思うのだけど、それでも参考写真はたくさん撮るけど、写真で作品を創ろうとは思わない。

そもそも自分の眼でみたものが写真にはちっとも映っていないように感じている。

なんでだろう?私の眼、もしくは脳が変なのか?

写真で表現のできる人を何人か知っている。写真家はなんというかな。モデルにポーズをつけてもらったり、構図に入るものの設定をすることができる人。私も気に入った写真が撮れたことがないわけじゃないのだが、だいたい70パーセントくらいの気に入り方で、この背景のこのモノがあと数センチずれていたらよかったのにとか、この角度が30度ずれていたらなあとか。空に雲が入っていなければいいのにとか思う。そのへんの我がままさがきっと写真に向かないのだろう。絵なら必要ないものは描かないし、ずらして描くこともできるから。 

あと、私は設定するのが大嫌い。仔猫を撮るんでも籠に入れるだけでも、本当はイヤ。イヤだったことが今回よくわかった。こっそり猫たちの生態を覗いていたい。自分の存在をなるべく気づかれずにそっとそっと風のように見ていたい。息を潜めて、仔猫たちの目が静かにゆっくりと開いていくのを、不思議な世界を覗き込むように彼らの吐息を感じ取りたい。写真だとどうしても、撮る者と撮られる者の関係性が映ってしまうだろう。(もちろんそれが持ち味の写真家もいる。女性のモデルさんを美しく撮る人など、その美を引き出すように声をかけたりして被写体との空間を作っていくんだと思う)

じゃあ、CGはどうなんだ?っというとCGで作品を作ることは実はたまにある。でも、CGで不自然なく自分の表現にするためにずらしたり修正するのって、すごーくめんどくさいんだよね・・・。私にとって描くよりずっと面倒くさい。よっぽどうまくやらないとすごく不自然だし。去年仔猫のキッツンブルー青い眼をなんとか写そうと写真で苦労し、CGで色変換して暗い青さの宿る様子を表現しようとしたけど、結局失敗し、自分で描いてしまった。自然な色変換をCGでやるのはかえって難しいよ。

http://yasukun.cocolog-nifty.com/iroharu/2005/09/index.html

のうんと下の方にあります。

外の世界を自分の中に持ってくるプロセスとして、私は匂いや風や動きや柔らかさや悲しみなど、瞬間じゃないもの、視覚でない、触覚や嗅覚的なもの感覚的なものから世界を取り入れている。それをどうしても写真に写しきれない。

というわけで、自分の絵が決して上手な絵でないことは百も承知のうえで、洒落たデザインだの綺麗な線など引けてないこともよく自覚している上で、私は絵を描いている。

http://yasukun.cocolog-nifty.com/ うちで生まれた仔猫のブログ

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2006年9月12日 (火)

おまけ個展お礼マンガ

Omake 5月の個展の時の礼状マンガです。

その節、お寄り下さった皆様ありがとうございました。

次回展覧会を開く時には必ずお知らせさせて頂きます。

また、個展、作品展を開く方はぜひコメント欄やトラックバックでお知らせください。

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